カテゴリ:うつ( 142 )

 

たよりが無いのは良いたより じゃなかった

おおよそ4ヶ月ぶりの更新。


『たよりが無いのは良いたより』ということで更新がなかったわけでなく、現在、就労不能状態になっている。(=休職中)


過去の記事で勤務先に対する不満をあれやこれやと書き綴り、勤労意欲の喪失と無気力はそういった問題に起因していると自分でも思っていた。


しかし、どうもそれが原因だという確信が持てなかった。


最近になって、違うところに原因があるのではないかと思いつつある。


それは、傷病休暇中に勤務先の人事部から再発防止にあたって会社に改善を要求したいことを聞かれた時、具体的に何も要求することが思いつかなかったからである。


もちろん些細な不満は当然あるものの、自分自身が突き詰めて考えるとどれもこれもどうでも良い問題のような気がしてきたのである。





では、真の原因は何か?


『あなたのこと好きじゃないの』


これである。


過去の記事を読み返してみると、これをきっかけに職場での不満、勤労意欲の低下について書き込んでいる。


つまり真の原因は妻との関係だった。


1年半前のこの件が発覚してから、関係が好転する兆しはまったくない。少なくとも自分は少しでも修復したいという気持ちは持ち続けていたものの、彼女からすると微塵もそんな気持ちはないので、私が取り付く島も無い。


女性全般がそうなのか、彼女に限ってそうなのかはよくわからないが、彼女には理屈は通らず感性だけで人生を送っている。





当然のことながら彼女は私をリスペクトすることは一切ない。私はまだ、ある程度彼女をリスペクトできる。(家事と子供の面倒は普通にやっているため)


しかし、常識というか人間性には同調できない。


彼女の人間性について笑ってしまうような笑えない話を1つ紹介したい。





数ヶ月前に彼女の父親が他界した時、その葬儀の場で私もいろいろと思うところがあり、恥ずかしながら涙ぐんでしまった。その時に鼻くそがついてしまったらしく、彼女はそっと教えてくれたので大恥をかかずに済んだ。


ところが数日後、その一件が彼女の親友とされる人物に笑い話として面白おかしくネタにされてしまった。


『うちのダンナさぁ。葬式の時に顔に鼻くそつけてんの。思わずガン見しちゃったよ。信じられな~い。』


その話を知った時、私の全身から力が抜けてしまった。『こいつはオレのことをここまで笑いものにして楽しいのか?しかも自分の父親の葬儀だぞ。』


同時に、そのあまりにも低俗さに、そんな彼女と結婚してしまった自分が情けなくて、情けなくて・・・


もちろん、その件について彼女から『ちょっといいすぎだよね。ごめんなさい』なんて反省の言葉がなかったことはいうまでもない。それどころか、『そういうこと言いたい気分だったの』と開き直られてしまった。





今思うと、そこそこ夫婦関係が良好だった頃に、彼女の友達のダンナさんの話を聞いたことがあった。


『○○さんのダンナ、いつも風呂上りにドライヤーで陰毛を乾かしてるんだってよぉ』


そこのお宅は度々家族ぐるみで付き合っていたので当然私は面識があるわけだし、正直、そんなことまで話をしてるのかと驚愕したことがある。


ダンナの悪口は主婦のコミュニケーションツールであることは否定しないが、内容と程度に限度がないのには本当に本当に驚いた。





私自身の育った家庭が父親による『母親への暴力』、『女性問題』、『アルコール依存症』でお世辞にも幸せの家庭ではなかったので、これを反面教師に自分の幸せな家庭を夢見て、ガマンも努力もしてきたのに結末がこれではまったくもってやりきれない。できることなら彼女には結婚してからの20年間を返してもらいたいと本気で思う。


この夫婦関係に何かしらの前向きな解決方法が見つからないと私の心はいつまでも枯渇したままのような気がする。


ここまでくると第3者(カウンセラー)を交えて3者面談するくらいしか思いつかない。続けるにしても、分かれるにしても・・・
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by karl_2525 | 2010-07-06 00:23 | うつ  

低空飛行

とにかく働く意欲が低いままの状態で低空飛行が続いている。

かねてから考えていた副業を最近になって本格的に取り組み始めた。

こっちの方は楽しく働けるので、働くのが全く嫌ということでもないらしい。

しかしながら、まだまだ収入には繋がらないので、さしずめ生きていくためのモチベーションを支えるというもの。

ただ、この趣味のような副業を通じて、新たな人脈ができたので、この人達とのコミュニケーションはとても楽しいし、また違った生き方を知ることができたのは貴重な刺激だと思う。

ところで、最近になって通院先を変えた。以前は近所の目が気になって、あえて車で30分程かかる病院へ通っていた。最初にウツになった時からなので7~8年通っていたかな。

症状も以前とはちょっと違い、四六時中イライラし、1~2週間に1度程気分が落ちる。

今度の病院には過去の話しはせずに通っているが、ここで処方された薬は相性が良かったらしくイライラはほとんどおさまるようになり、妻との争いは激減した。

あとは気分が落ちないようになればいいのだが、余りにも会社で理不尽なことが多く、有休消化模範社員になっている(笑)
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by karl_2525 | 2009-11-09 09:59 | うつ  

気がつけばひとり。でも。

5年前から始めたこのブログ、当時はいろいろな方からコメントをいただいていた。

今となっては、その頃の方々のブログのほとんどは更新を停止していたり、クローズされていたりしている。

そして最近、当時からブログで交流をさせていただいていた方がブログを卒業されることになった。

その方がおっしゃっていた言葉で、『子供の頃、夕暮れまで遊びに夢中になっている間に、気が付いたらお友達はみんなお家に帰っていて自分一人だけだったようなことがあった記憶と重なります。』

この感覚、すごく共感できます。



でも、寂しい気持ちだけでは終わらないですよ。次の日はまた、お友達と一緒に遊べますから。楽しい気持ちがあって、それが終わって寂しくなって、だから次の日もまたお友達と会いたいと思い、そしてまた遊ぶ。

一つの楽しさが終わると、また次の楽しさに出会いたくなる。大人の人生も同じような気がします。



ブログで交流のあった方々は、とても辛い思いをされてきました。私もそうでした。消えたいと思うほど辛い思いをした分、強くなっているんだと思います。

長年続けてきたことを辞めるのは、それだけでも勇気がいることだと思います。



私のブログは当分だらだらと更新していこうと思っています。

かつて交流のあった方々、思い出したらいつでも遊びにきてくださいね。もちろん、初めての方も歓迎いたします。
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by karl_2525 | 2009-08-11 12:20 | うつ  

勤労意欲

以前の苦境を考えると、今はとっても恵まれているはずなのに勤労意欲がわかない。

仕事以外のことならば意欲的にとはいえないまでも、まぁまぁ普通にできる。

管理職が嫌で今の勤務先を選んだのに、無理やり管理職まがいのことをさせられているのが大きな原因だと思う。

嫌な管理職まがいの仕事をさせられ、おまけに給料は変わらず・・・

もっとも、給料を上げてもらっても管理職はまっぴら御免。業務命令という暴力でねじ伏せられてしまった。

泣きっ面に蜂とはこのことを言うのだろう。
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by karl_2525 | 2009-06-02 19:37 | うつ  

人は結局、わかりあえない

件の上司、あれから少しでも関係を改善すべく、いくつかアプローチを試みるも、あえなく玉砕。

『こう数字を考慮して部署をマネージしていただきたいのですが?』と提案までしたが、『そんなのはただの計画だから役に立たないし、時間もない』と一蹴。

計画->実行->計画と実績の差異分析->計画と実行方法の見直し

こんなのマネージメントの基本中の基本なんだが、彼はどうしてもやりたくないらしい。

彼のマネージメントとは思いつきで部下を動かすことだけらしい。

はじめは彼とのコミュニケーション不足から色々と誤解があるかもしれないと積極的にコミュニケーションをとるように心掛けてきたが、彼は部下の話を受け入れないタイプのようなので、無駄なエネルギーを費やすのはもうやめよう。

今後は最低限の業務報告に徹し、あまり余計なコミュニケーションをとらないようにするのが私にとっての得策のようだ。

わけもわからず、重箱の隅をつつくような上司よりはよっぽどマシだと自分に言い聞かせよう。

しかしながら、相変わらず器用に生きていくのが苦手だと自覚させられる。

もっと心の感度を下げなくては!
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by karl_2525 | 2009-05-14 23:34 | うつ  

厄年終わった~

 さほど気には留めていなかった厄年だったが、終わるに越したことはなく2007年の終わりと共に去っていった。

 私の人生は一般的な人生と4年ほど時差があるようで、2002年が前厄、2003年が本厄、2004年が後厄のような人生だった。2002年末に転職先でうつを初めて患い、2003年はほとんど自宅療養。その後退職勧奨を受けて新しい職場へ移ったのが2003年末。新しい職場に順応できず数ヶ月で再発。 2004年もほとんど自宅療養の毎日だった。2005年を迎えてから今の職場に巡り合い、再発することもなく今日に至っている。

 男性の平均寿命78歳を基にすると自分の人生は既に折り返し地点を過ぎて後半へ突入している。人生前半は自分の成長を優先して生きてきたような気がする。自分の成長のためと思い、やりたいこともかなり犠牲にしてきたし判断の基準は『どうすれば更に成長できるか?』だったと思う。後半は子供達の成長を優先する人生にしたいと考えている。上の子もそろそろ思春期、多感な年頃なので、その後の人生に少なからず影響を与える年齢になるだろう。何事にも偏らず、バランスの取れた人間になって欲しいものだ。

 ところで、耳鳴りは相変わらず。更年期障害も疑って一時期、それようの漢方薬を1ヶ月ほど処方してもらったが効果なし。また耳鳴りに効くという市販薬も試してみたがこれも効果はなかった。仕事上でストレスを多く感じた日は特に耳鳴りもひどいような気がするので、やはり精神的なものから来る耳鳴りなのかもしれない。まぁ、半年前から良くもなっていないが悪化もしていないので上手に付き合っていくしかないようである。
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by karl_2525 | 2008-01-27 23:39 | うつ  

抗うつ薬やっと終了

 ほぼ、半年振りの更新となってしまったが、5年間服用し続けていた抗うつ薬がやっと終了になった。

 とはいうものの、睡眠薬と精神安定薬は継続中。これも耳鳴りとめまいが治らず様子見となっている。それら症状の改善を図るべく、6月に一度、精神安定剤をそれまで服用していたエチセダンからユーパンに変更した。

 ところが、この変更から1ヶ月ほど経過後に特に運動したわけでもないのに筋肉痛が始まった。左大腿部から痛みが始まり両腿へ広がり、上腕部まで筋肉痛が広がってしまった。最初は風邪かと思い、近所のクリニックへ行ったが特に風邪の症状は見られないということ。別の病院で最近、精神安定薬の種類が変わったことを話すと、それが原因かもしれないから先生に相談してみるようにということだった。

 インターネットでユーパンの副作用を検索してみたところ似たような症状を発見。『筋肉痛,脱力感,CK上昇,血中・尿中ミオグロビン上昇を特徴とする横紋筋(おうもうきん)融解症がおこることがあります。』ということ。

 更に横紋融解症の症例を検索してみると『骨格筋の融解、壊死により筋細胞成分が血液中へ流出した病態で、自覚症状としては四肢の脱力、痛み、赤色尿等がある。』

 筋肉が溶ける?むちゃくちゃ恐ろしい症状。早速、主治医に相談すると(横紋融解症の話はせずに)、とりあえず元のエチセダンに戻すことになった。何気なく『薬が身体に合わなくて筋肉痛が出ることがあるか』質問してみたところ、それはないでしょうという返答。薬の添付文書には重大な副作用として記載されているはずなのに・・・主治医への信頼度がちょっと落ちてしまった。

 結局、安定薬をエチセダンに戻してから数週間後には筋肉痛は収まっていった。エチセダンもユーパンも同じベンゾジアゼピン系安定薬だそうだが、こんなこともあるのだと知った。

 抗うつ薬が終了したので、主治医に『今の治療も抑うつの治療なのですか?』と質問したところ、そうではないらしい。今の症状は『耳鳴りとめまい』なので、それに対する治療となるらしい。なぜ、薬と病名にこだわるかというと、将来生命保険に入りたいときに病名が抑うつで抗うつ薬を服薬中と告知したら100%保険には加入できない。耳鳴りの治療だったら3~4年後であれば多少の可能性は出てくるかもしれない。まぁ、いまさら生命保険に入ることもないとは思うが。20代の健康な時に入ったお宝保険で足りるだろう。


 この耳鳴りとめまい、なんとか治らないだろうか。
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by karl_2525 | 2007-10-21 00:44 | うつ  

抗うつ薬とめまいの関係

 今までお世話になっていた主治医の先生が3月いっぱいで退職されるということで4月から主治医が変わった。通院をはじめてから3人目の先生となる。新しい先生も穏やかな口調で話す感じの良い先生で、ちょっと安心した。

 最近、薬とめまいの関係がなくなってきたような感じがする。減薬第4段階になって、夕方からはじまるめまいは夜9時頃には治まるようだ。ためしに数日薬を飲まなかったりしても、夕方になるとめまい(最近は耳鳴りも多少)がはじまり、やはり夜9時頃に治まる。

 前回の診察の際、『ひょうっとして男の更年期障害では?』と先生にたずねてみたが、それはないでしょうという回答。原因はよくわからないようだった。とりあえず、抗うつ薬と一緒に飲んでいた精神安定剤の種類を変えてみたが、特に変化はみられなかった。

 もう少し様子を見ながら、また先生に相談してみよう。
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by karl_2525 | 2007-05-06 02:30 | うつ  

減薬第4段階

 減薬第3段階で、ノイオミールとエチセダン錠を1回/日と就寝前の眠剤レンデム錠を1錠まで減薬以降、断薬に一度失敗して様子をみていた。主治医に相談しても離脱症状が出るほどの量を服薬しているわけではないので断薬時のめまいは原因不明だと説明を受ける。そこで眠剤以外で服薬している薬を2種類から1種類に減らしてみたいと申し出たところ、ノイオミールはそのままでエチセダン錠は調子が悪くなったときだけの頓服にしてみましょうということになった。

 その処方になってから1ヶ月が経過。頓服のエチセダン錠のお世話になることもなく、ノイオミール1回/日でも調子を維持できることがわかった。逆に言えばノイオミールの断薬がめまいの原因のような気がする。ノイオミールも今や最小単位(一番量の少ない錠剤)の服用にもかかわらず断薬するとめまいがするのは悩ましい。

 しかしながら、さらに薬が減ったことは喜ばしい。眠剤の方は継続しているが服用していても夜中の2時3時まで夜更かしをすることもあり、どれくらい効いているのか実感があまりない。ただ、たまに飲まないと眠りが浅いような気がしなくもない。いずれにせよ、眠剤だけであればさほど抵抗感もないのでしばらくは現状維持することとする。

 仕事のほうはそこそこ楽しくやっている。以前に較べると定時に帰る日も増やせるようになってきた。残業を強制するような雰囲気の職場でないのが幸いしているし、代休も遠慮なく取れるので昨今にしてはかなり恵まれた職場である。時々、昔登録した人材紹介会社から電話が入るが『今の職場に満足しているので転職する気はない』とハッキリと言える。当の昔に背伸びをすることは止めたし、また転職先をはずしたら元の木阿弥。お払い箱になるまで勤めようと思える会社にめぐり合えたのは運が良かったのだろう。

 あとは子供達が一人前になり社会へ出る日まで大病せずに過ごせれば自分にとって何よりの幸せと思えるようになった。ボチボチ生きるがモットー。
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by karl_2525 | 2007-03-10 01:29 | うつ  

断薬第1段階挫折

 昨年の8月から3段階に分けて続けてきた減薬は、特に離脱症状も現れず順調だった。12月半ばになると、いよいよ1回/日までの減薬に辿り着き、残すところは完全なる薬からの脱却(断薬)であった。年が明けてから断薬を試みたが3日目で挫折。ふらつき、胸の不快感といった離脱症状が我慢できずに1回/日の服用に戻した。服用後は2時間程度で離脱症状も治まった。3段階目の減薬から1ヶ月も経たずに断薬を試みたのが時期尚早だったのかもしれない。

 決して焦ってはいけないのだが、できるだけ早く通院も終了にしたいのが本音である。薬による精神的なサポートは必要のないレベルにまできている。私の場合はあまりにも自分の適応範囲を超えた職場環境に置かれるとダメなのである。このダメな環境に置かれてしまうと、たとえ薬の力を借りたとしても継続は不可能なことは経験済み。その環境から脱し、元の自分に戻るまでの間に大変薬のお世話になった。逆に適応範囲内であれば薬の力を借りる必要もなく、全く問題なく生活が送れることも経験した。
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by karl_2525 | 2007-01-10 01:48 | うつ