人生は振り子のように

 以前の職場でとても懇意になった同僚がいた。彼と私は互いに管理職になりたてということで、公私共に相談しあう仲であった。歳は私よりも多少若かったものの彼から学ぶことは多かった。

 その職場を去ってからも彼とは連絡を取り合うことが多く、私が次の職場で体調を崩している間も度々彼と会って話をする機会もあった。そんな中、彼から『人生は振り子のようで悪い方に振れても、そちら側に振れたまま止まることはなく、必ず戻ってきて良い方に振れる』という言葉を貰った。その時は気休めを言ってくれたのだろうと、あまり気にも留めていなかったが平穏を取り戻した今になって考えてみると自分の人生はそのようであった。

 その同僚と知り合った職場は、私にとって生まれて初めての転職先であった。新卒で就職した会社には9年近く勤めていたが、その会社での仕事に希望は見出せなかった。初めての転職先はそれまでいた会社とはまったく違う環境だった。慣れない環境のために最初の1~2ヶ月こそ多少転職を後悔した時期もあったが、そんな気持ちも時間と共に消えて仕事はますます面白くなり、良い仲間や上司に囲まれて毎日会社へ行くのが楽しみだった。今思うと、この時が今までの人生の中でピークだったと思う。このピークに陰りが見え始めた頃、私はさらに高い山へステップアップしようとして転げ落ちてしまった。この挫折が私の体調を大きく崩し、今日までに立ち直るために4年間もの苦汁を味わうこととなったのであった。

 人生の振り子は大きく良い方向へ振れた後に同じだけ大きく悪い方向へ振れてしまったのだと思う。その後、再び良い方向へ振り子は戻ってきた。それも適度に良い方向へ。それが今の状況。あまり大きく振ってはいけない。そうしないと同じだけ悪い方向へも振れてしまうから。自分の許容できる範囲内で振り子が振れるように人生をコントロールしなければいけないと思う。
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# by karl_2525 | 2007-04-01 23:46 | 社会復帰  

減薬第4段階

 減薬第3段階で、ノイオミールとエチセダン錠を1回/日と就寝前の眠剤レンデム錠を1錠まで減薬以降、断薬に一度失敗して様子をみていた。主治医に相談しても離脱症状が出るほどの量を服薬しているわけではないので断薬時のめまいは原因不明だと説明を受ける。そこで眠剤以外で服薬している薬を2種類から1種類に減らしてみたいと申し出たところ、ノイオミールはそのままでエチセダン錠は調子が悪くなったときだけの頓服にしてみましょうということになった。

 その処方になってから1ヶ月が経過。頓服のエチセダン錠のお世話になることもなく、ノイオミール1回/日でも調子を維持できることがわかった。逆に言えばノイオミールの断薬がめまいの原因のような気がする。ノイオミールも今や最小単位(一番量の少ない錠剤)の服用にもかかわらず断薬するとめまいがするのは悩ましい。

 しかしながら、さらに薬が減ったことは喜ばしい。眠剤の方は継続しているが服用していても夜中の2時3時まで夜更かしをすることもあり、どれくらい効いているのか実感があまりない。ただ、たまに飲まないと眠りが浅いような気がしなくもない。いずれにせよ、眠剤だけであればさほど抵抗感もないのでしばらくは現状維持することとする。

 仕事のほうはそこそこ楽しくやっている。以前に較べると定時に帰る日も増やせるようになってきた。残業を強制するような雰囲気の職場でないのが幸いしているし、代休も遠慮なく取れるので昨今にしてはかなり恵まれた職場である。時々、昔登録した人材紹介会社から電話が入るが『今の職場に満足しているので転職する気はない』とハッキリと言える。当の昔に背伸びをすることは止めたし、また転職先をはずしたら元の木阿弥。お払い箱になるまで勤めようと思える会社にめぐり合えたのは運が良かったのだろう。

 あとは子供達が一人前になり社会へ出る日まで大病せずに過ごせれば自分にとって何よりの幸せと思えるようになった。ボチボチ生きるがモットー。
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# by karl_2525 | 2007-03-10 01:29 | うつ  

断薬第1段階挫折

 昨年の8月から3段階に分けて続けてきた減薬は、特に離脱症状も現れず順調だった。12月半ばになると、いよいよ1回/日までの減薬に辿り着き、残すところは完全なる薬からの脱却(断薬)であった。年が明けてから断薬を試みたが3日目で挫折。ふらつき、胸の不快感といった離脱症状が我慢できずに1回/日の服用に戻した。服用後は2時間程度で離脱症状も治まった。3段階目の減薬から1ヶ月も経たずに断薬を試みたのが時期尚早だったのかもしれない。

 決して焦ってはいけないのだが、できるだけ早く通院も終了にしたいのが本音である。薬による精神的なサポートは必要のないレベルにまできている。私の場合はあまりにも自分の適応範囲を超えた職場環境に置かれるとダメなのである。このダメな環境に置かれてしまうと、たとえ薬の力を借りたとしても継続は不可能なことは経験済み。その環境から脱し、元の自分に戻るまでの間に大変薬のお世話になった。逆に適応範囲内であれば薬の力を借りる必要もなく、全く問題なく生活が送れることも経験した。
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# by karl_2525 | 2007-01-10 01:48 | うつ  

2006年も終わり、厄年も終わる

 いよいよ2006年も残すところわずか。

 私にとっての2006年は
- 社会復帰して1年目を迎えた年
- 男の本厄の年

 自分では『げんを担ぐ』タイプだが、本厄といっても特に厄払いをしてもらうわけでもなく、一応厄除けのお守りを身に着けていた程度だった。特に大病もせず無事に1年を過ごすことができた。実際の厄年は4年前に転職に失敗して抑うつ状態になった年だと思い込んでいる。あれ程ひどい年は後にも先にもなかった。夫婦円満というほどではないが特に大きな揉めごともなく、子供たちも健康で元気に学校に通っている。実に平凡な家庭生活を送ることができた。

 2年前に胃がんの摘出手術を受けた父は絶好調というわけではないが、一応普通の生活を送っている。当時、5年生存率50%という厳しい診断であったが今のところ再発の兆候も出ていない。高血圧の母は何度か血圧200を超え、救急車のお世話になり実家へ呼び出されることもあったが、大事には至らずそこそこの生活を送っている。

 両親は私の病気のこと、しばらくまともに働くことができなかったことを全く知らない。お前は幸せそうでいいね。と言われ些細なことで愚痴を聞かされることも少なくない。私にしてみれば、母の悩みなど取るに足らない問題なのだが、親孝行のつもりで愚痴を聞く。頭に血が上ると見境のつかなくなる母には散々酷い仕打ちを受けてきたが、突き放すこともできない。体調の優れない父の面倒を見てもらっているという恩も感じているし。

 年齢を重ねるごとに背負っていくものが増えていく。でも与えら得るものも少しではあるが増えたような気がする。

 子供達が親である自分たちに感謝の気持ちを表すことはまずない。育ててもらっていることは当たり前だと思っているだろう。自分が子供の頃もそうであった。しかし、子供達が自分たち親を頼りにしていることは疑う余地がない。わが子を殺める親が増えてきているのは非常に悲しいことだ。おそらく、そういった親たちは正常な精神状態を保てなくなっているに違いない。そう思いたい。そんな状況を作り出してしまう、今の社会は病んでいる。これからますます、弱いものに優しくない社会へと進んでいる。国も企業も私利私欲に突っ走り、国家レベルで弱いものいじめをしている。いじめをしている当事者が、子供のいじめに対策を打てるはずがない。自分の子供は自分で守るしかないのというのが現実だろう。

 2007年は良い年になるよう切に願っている。みなさん、良いお年を。
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# by karl_2525 | 2006-12-31 01:46 | 雑談色々  

減薬第3段階

 薬の服用を1日に2回へ減らしてから、そろそろ2ヶ月が経過。特に離脱症状も現れなかったので、昨日から1日に1回の減薬を開始。薬を減らすときはハラハラ・ドキドキ。もちろん、主治医と相談しながら減らしているが、離脱症状が現れないか毎回心配になる。離脱症状が出たら、減薬はちょっと延期にしなければならないし。以前、1日4回服用している時期にいきなり1日2回にしたとたんに、めまいとあぶら汗が吹き出てきてガッカリしたことがあった。薬を減らしても心は大丈夫だが身体がついていかなかった。今では薬が心に効いている感覚は全くないものの、肉体は薬に慣らされてしまっているようだ。

 今の生活は、服薬していることを除けば健康な人と全く変わらない。会社の同僚も私が抗うつ薬を服用しているなんて、まったく気づいていないだろう。職場では怒ることもできるし、笑うこともできる。上司に不満も言えるし、文句も言えるようになった。(もちろん、言葉は選ぶ。)やはり、不満は溜め込まずに都度都度吐き出すことが大事だと思う。不満を溜め込むと利子まで付いて雪だるま式に大きくなっていくのだろう。

 人生は『塞翁が馬』という心持ちでこれからも生きていこうと思う。
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# by karl_2525 | 2006-12-17 00:53 | うつ  

まだ搾取するんですか

 最近、ニュース番組を見ても腹立たしいことばかり。

 『労働ビッグバン』で未来の金なし年寄り大量生産システム作りに飽き足らず、今度は『揮発油税の一般財源化』ですか。それはちょっとやりすぎですよ。そもそも自動車の取得税だって、消費税導入時に暫定的に残すはずだったのに未だにあるじゃないですか。完全な二重課税でしょ。田中角栄先生がご存命のころはお金持ちだけのものでしたが、今やクルマは庶民の乗り物ですよ。どこまで国民から搾取したら気が済むんですか???

 一般財源化に反対している政治家の方々も同じ穴のムジナですな。公共工事という美味しい既得権をむしりとられたら、さぞかし困ることでしょう。そんなことより搾り取った揮発油税のほんの一滴でもいいから、夕張市の除雪予算にまわしてあげたらいかがですか。

 そんなに揮発油税の使途に困っているなら、いっそのこと国民投票で決めたらいかがでしょうかね。

 税金は困った人達に使われることなく、困った政治家のために使われる・・・まったく本末転倒ですね。

 もっとも、一番厄介なのは自分たちだけ美味しい思いをすれば良いという考えを持ちながら、政治家を支援する一部の有権者ですが。
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# by karl_2525 | 2006-12-06 23:05 | 雑談色々  

社会復帰1年8ヶ月

 社会に復帰してから1年8ヶ月が経過した。

 心が壊れたのが、今から4年前のちょうど今頃だった。当時の記憶は少しずつ薄れつつある。記憶が薄れているから今の自分がある。もし、当時の記憶を100%ありのままに記憶していたならば、これほど辛いことはない。その時の自分と今の自分をかろうじて繋いでいるのは、4年間欠かさずに飲んでいる薬のみである。その薬も1回に服用する量は1/3程度に減り、1日に服用する回数も1/2まで減らすことができた。目下の目標は2~3ヶ月かけて1日の服用回数を1回へ減らすことである。

 精神的に薬に依存することはなくなったが、いかんせん4年も服用し続けた薬なので体が順応してしまっている。無理に減薬しても精神には影響を及ぼさないものの、身体がついていけないようであぶら汗やめまいがおこる。離脱症状というらしい。そこで数ヶ月ごとに段階的に薬を減らしていかざるをえないのが何ともまどろっこしい。抗うつ薬には依存性がないなどと書いている医者もいるが、製薬会社のまわしものだろう。(笑)

 だからといって薬を否定するつもりは毛頭ない。薬だけで治ってきたわけではないが、薬が苦しみを軽減してくれたことに間違いはない。どんな薬も作用、副作用があるものだから、作用に助けられ副作用を我慢できればそれでよいのであろう。何を得て何を捨てるかということに似ている。

 今の仕事については・・・・・・大変満足している。以前の職場と比較すると極楽(ちょっと大げさではあるが)である。自信を持って仕事ができ、周囲にも自分が尊重される。力で潰そうとする人間は周囲にはいない。身の程を知り、己の能力よりもやや下のレベルでやっていける仕事であるからだろう。それでも待遇が以前よりも落ちなかったのは運によるところが大きい。昔の自分は己の能力よりもやや上にいることを目指していた。常に向上心を持って仕事をするべきだと考えていた。30代までであればそれで良かったのだろう。出世したいのであれば今でもそうしなければいけないのだろう。しかし、今の自分にとっては今の自分を維持することが一番大事である。待遇にも不満はないし、今より下がらなければそれで満足している。あとは健康であるのみ。

 しかしながら潮の流れだけは見極めなければならない。社会は明らかに労働者を安く買い叩こうという方向に向かっている。有期雇用の規制をもっと緩和して自分の会社の従業員を自由に増減できるようにしなければ、海外の企業と競争できないなどいう理屈を吐く経営者がいる。彼の言っていることは日本の労働者を踏み台にしてでも自分の会社が伸びればよいといっているのと同然である。そのような著名な経営者が日本の労働者を虐げるような発言は、自ら『私は非国民です。日本の労働者がどうなろうと私の会社が世界のどこかで生き延びれば良いのです。』と白状しているようなものである。昔のように会社が繁栄したら社会へ還元しようなどという粋な経営者は日本からいなくなってしまった。とても悲しいことである。

 さらに厚顔無恥なのは、さらに法人税を下げろという経営者がいる。『国際社会で競争するため』らしい。下がった法人税の一部を従業員に還元するべきだという幼稚なことを言う者もいる。法人税が高かったからこそ、税金でもっていかれるくらいなら社員に給与として利益を還元しようという企業があったことを知らないらしい。

 いづれにせよ、日本はどんどん衰退への道を突き進んでいるように思えて仕方がない。このままでは雇用の二極化どころではすまないだろう。金を持った元気な年寄りは海外で悠々自適な生活を送るために日本を抜け出し、金もなく身体が不自由な年寄だけが日本に残り、どんどん削られる社会福祉でしのぎを削らねばならない。今の雇用システムは30年、40年先に金のない年寄りを大量に生産するシステムであることを政府が知らないわけがない。問題の先送りは悲しいかな日本の文化なのであろう。
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# by karl_2525 | 2006-12-03 00:14 | 社会復帰  

残業代ゼロ時代到来?

 度々このブログでも取り上げていたホワイトカラーエグゼンプション(サラリーマンの残業代カット合法化)であるが、とうとう安倍政権が来年1月からの通常国会で成立させるつもりらしい。

 そもそも、企業利益の追求団体である経団連が中心となって議論されてきたから言わずもかな・・・である。

 製造業への人材派遣という悪しき規制緩和で大量の低賃金労働者を生み、またもや労働者の意欲を削ぐような政治のやり方は頭の悪い私には全く理解できないのであった。
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# by karl_2525 | 2006-11-13 23:57 | 労働問題  

アレルゲンと癒し

 ここ2ヶ月ほど、夜中に突然咳き込み目が覚めることが多かったので医者へ行くことにした。

 鼻もグズグズしていたのだが、医者の診断では就寝中に鼻が気管支に入って咳き込むのではないかとのこと。風邪はひいていないので鼻水が出る原因としてアレルギーを疑われた。とりあえず、アレルギーの有無を調べるということで採血され、結果が出た。

 結果はハウスダストとネコ皮膚に対するアレルギーがあるということであった。子供の頃にアレルギー性鼻炎で耳鼻科に通ってたことを思い出した。修学旅行の夜に、クラスのみんなが布団の上で暴れまわっていた時にくしゃみと鼻水がとまらなかった事も思い出した。また、捨てられていた子猫を拾ってきた晩にくしゃみと鼻水が止まらなくなったので、自分がこれらにアレルギーがあるということは自覚していたが、血液検査で太鼓判を押された。(笑)

 我が家では1年以上前からネコを飼い始めているが、やはり猫がやってきた当初はくしゃみが出ていたものの日が経つにつれて収まっていった。イヌやネコが好きなのに動物に対してアレルギーというのも皮肉なものだ。もちろん、今飼っているネコは家族の一員となっており寿命を全うするまで飼い続けるつもり。アレルギーについては了承の上である。

 我が家のネコは、私にとってのアレルゲンではあるのだが、同時に心を癒してくれる存在でもある。ネコはイヌとは違い全身で慕ってくるわけではないが、それとなく擦り寄ってくる猫の仕草が意外とかわいい。もともと自分はイヌ派であるが、妻がどちらかというとネコ派で住宅事情や散歩の問題でネコを飼うことになった。

 来年にはもう少々広い住まいに引っ越す予定なので、多少は症状も良くなるかもしれない。単位空間あたりのネコの毛の飛散度が下がるだろうという素人考えである。空気清浄機も買ったほうが良いかな。そこまでしてネコを飼うの?と不思議に思われるかもしれないが、それは飼い主の責任である。

 ところで、減薬はいまのところ概ね順調。ごくまれに夕方あたりに離脱症状が現れて軽いめまいを感じることもあるが、それ以外の問題は全くない。まぁまぁな人生に落ち着き始めている。もっとも将来のことは誰にも予測できないが・・・
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# by karl_2525 | 2006-11-11 01:02 | 雑談色々  

不快な夢

 昨晩は非常に不快な夢を見てしまった。

 夢に出てきたのは私が初めて抑うつ状態となる原因の一つであった部下。どんよりと暗い空で雨が降り、私はその時の会社近くにいた。最近では彼のことは全く忘れていたのに夢に出てきたのはとても意外だった。夢の中の私は彼に対して、猛烈な勢いで彼の態度を非難していた。その彼は自己主張が強く、仕事に対して私の意見に対して全く耳を貸すことはなかったばかりではなく、烈火のごとく反論される毎日であった。その頃の私は『部下に対して力でねじ伏せるような威圧的な態度をとってはいけない。部下も尊重するべきだ』という考えであったが、その考え方が彼を増長させ、私の立場は日に日に苦しくなる一方だった。そして仕事は思うように進まず、その責任は私がとることとなった。

 社会で生きていくためには相手を尊重することも大事である。しかし、声の大きな者が得をすることが多いのも事実である。自分が相手を尊重すれば、相手も必ず自分を尊重してくれるということを信じ、それまでは疑うことがなかった。まったく、私はおめでたい奴であった。
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# by karl_2525 | 2006-11-04 01:34 | うつ